なんか、ちょっと前までdiarynoteの調子が悪くてこのページに飛べなくて。
で、仕方がないのでmixiに今日の日記を更新しちゃいましたw

とはいえ、こちらが更新されないのもなんか寂しいかなぁと思いましてん。

ということで、mixiで時事ニュースを扱った流れから(向こうでは駒大苫小牧のニュースを取り上げた)、こっちでも時事ニュースを取り上げたいと思います。


ということで、今日気になったニュースはこちら。
詳しくは上のサムネイルをクリックして下さい。


てかさぁ、これ普通にすごいニュースだよね。
自分の爺ちゃんと父ちゃんと自分と自分の子供が同じ誕生日なんでしょ?ありえなくね?

子供って誕生日を狙って意図的に仕込めるもんなんでしょうか?w

まぁ、何がともあれ、度肝を抜かされましたわ。
きっと誕生日の日は一家揃って大パーリーなんでしょうね。それはそれで楽しそうですw

・・・・・・・・・

↓あと気になったこのニュース。
http://www.asahi.com/national/update/0302/TKY200603020305.html

麻原彰晃の息子が姉貴に続いて入学拒否をされたそうです。

うーん。
私立学校の校長は、自分の学校の生徒の安全を守る立場にいる。
だから危険因子となりかねない存在の侵入を未然に防ぐ・・・という、大人の事情も理解しているつもりです。

だけど、理想だけで語るならば、教育は誰に対しても等しいものであって欲しいので、そういう意味ではこういった行為は許されるものではないと思います。
ましてや自分が犯した罪でないのなら尚更。

「教育の機会均等」は、現代日本の平等理念を支える根底となる考え方だと思うので。

あー。
こんな事書いてたら、無性に「日本の社会格差」について書きたくなってきた。

だけどそれは明日にします。
とりあえず今日はこの辺で。mixiで長文を書いたから何だか頭の回転が鈍い。
なんか今、憲法第9条を改正(改悪?)するかどうかで一部揉めてますね。
自衛隊どうすんの?とか、海外に自衛隊派遣してるけど、あれってどうなん?みたいな。

まぁこの手のニュースは日本の偉い人が得意としている「自分の行動に対するつじつま合わせ」の一環として見ていただければ分かりやすいかと。

日本も含め、9.11以降国際情勢が何だかすっかり変わっちゃったような気がします。
何かあればすぐテロに対して過敏に警戒するようになったし。いや、9.11以前もひょっとしたらそうだったのかもしれないけど。

事ある毎にピリピリムードが漂う国際情勢。
何だか切ないですね。

てか、憲法改正がどうのとか議論する前に、アメリカとの同盟をさっさと切っちゃう方がよっぽど日本が平和になると思ってるのは俺だけでしょうか?

うちの大学の近くにアメリカの基地があるんですが、毎日飛行機うっせーっつーの。
しかも牛肉買わないと経済制裁するだの毎回言ってくるし・・・何様のつもりよ。アメリカって国は。

まぁ、日本も北朝鮮に対して同じようなスタンスを取ってますが、国際情勢の中でほとんど話題に取り上げられていない辺り、日本の立場が伺えます。

でもどうせ無理なんだろうな。アメリカとの同盟を切るなんて。
今更切った所で国際的に見たら「日本=アメリカの犬」って図式はとっくに成り立ってるだろうし。
それプラス俺ら一般市民では知り得ないような「大人の事情」ってのがあるんでしょうね。

そういうのがあるならそれは構わないけどさ、今までそういうことを事細かに国民に対して説明してきた総理大臣って日本にいたか?
みんな内輪話のレベルで一部の人間の間だけで片付けようとしてるだけ。
そりゃ若い人が政治に無関心にもなりますよ正味な話。

俺、「嘘はよくない」って言うけれど、何から何までバカ正直な態度を取って皆が平和に暮らしていけるほど世の中甘いものだとは思ってないです。

例えば、電車の中で態度の悪い人ってのはそれこそ毎日見かけます。
そういう人達に対していちいち説教する人がいたとします。

そんな人に対し、「あぁ、この人は勇敢で偉い人だな」って感想を持つ人がいますか?
態度の悪い人同様、いちいちでしゃばって来る人に対しても、「ウザってーよ」って印象を持ったりしませんか?

いや、何も「電車での悪事を見過ごせ」と言ってるわけではないです。
言ってしかるべき事に対しては毅然とした態度を取るべきだと俺は思う。

ただ、そうではない、被害を被っているのが自分一人だけのようなしょうもないちっちゃなことに関しては、あまりに出すぎた態度を取ると逆に迷惑がられたりしないか?ってこと。

「みんなが我慢してるのに、何あの人だけ・・・」みたいなこと、つい思ったりしませんか?

その「我慢する」行為だって、ある意味「嘘」だと思うんです。

周りの空気や雰囲気に合わせて自分の気持ちに嘘をつく。
自分の気持ちより周囲の雰囲気を重視する。
そういう行為って極めて日本的で、しかも日本では「謙虚」という綺麗な言葉で何かと賞賛されたりするわけですが。

俺からみれば、ちゃんちゃらおかしいですよ。
その、「日本的美学たる謙虚」ってヤツは。

でも社会的にはみ出さないよう、誰もが「謙虚」という言葉を逃げ口上にして、自分に嘘をついて生活している。

・・・少し話がずれてきたな(苦笑)
要するに、「嘘も方便」じゃないけど、そういうことをしながらみんな生きているんです。それはわかる。

でも、ついちゃいけない嘘ってのもあるじゃないですか。

偉くなればなるほど、色んなものに対する「責任」が生まれると思うんです。
国家の代表たる人が国民に対してしかるべき説明をしないのは、「謙虚」でもなんでもない。単なる「詐欺行為」です。

「謙虚」という言葉同様、日本人が好きな言葉に「人情」ってのがあります。
「この人なら、付き合いも長いし、甘えても文句は言われないだろう」と思うこと。そして甘えられた側もそれを許すこと。

「謙虚」の時と同様、俺はその「人情」そのものが悪いとも言ってません。
俺も今まで色んな人の「人情」に支えられて生きてきたし、そのことに対してものすごく感謝している。

でも、日本の偉い人は、「謙虚」と「人情」を都合の良いように自分なりに解釈して使い分けて、自分の都合のいいように世の中を動かしてるのではないでしょうか。

やるべきことやってれば文句や不満なんて浮かんでこないし、あったとしてもみんなが我慢できると思うんですよ。
それが本当の意味での「謙虚」であり「人情」でもあるわけで。

まぁ、昔から積もりに積もった「都合のいい謙虚と人情」の帳尻合わせをこれから先ずっとしていかなければならないわけで。
そうなるともう、「新しい国家作り」のレベルですよね(笑)政治家は大変だ。

で、俺は結局日本とアメリカ、どっちの味方なのでしょうか?(爆)
まぁ詳しくは、←のアイコンをクリックして見てくださいってことで。

イチ野球ばかとして、ツッコミ入れさせてもらいます。



◆ツッコミ所その1:「先頭打者の四球」を細分化していたのか?

「先頭打者に四球を与えた回」とあるけど、これはまずどの打者に四球を与えたかによってその後の展開も大きく変わると思うんです。

例えば、先頭打者が阪神の赤星だった場合。
彼は足が速いですから、当然投手はそのことに気を使って投げなければならず、普段とは違い慎重な投球を要求されるでしょう。
その後も上位打線との対戦などが待ち受けており、投手側に求められる技術、精神力は相当なものだと思います。

ところがこれが、いわゆる下位打順の打者だった時。
野球では、下位になればなるほど上位の打者よりも打力は劣る、というのが定説です。
プロ野球で言えば、9番目の打者は投手がやってることがほとんど。彼らには打力は期待できません。
例えば、イニングの先頭の8番打者に四球を与えたところで、守る投手の方は精神的な負担をあまり強いられません。
経験上、こうした場合の先頭打者への四球はあまり精神的な動揺はなく、意外と普段通りのピッチングが出来たりもします。

このように野球には、同じ「先頭打者への四球」でも、ケースによっては全く質の異なる場合も多く見られます。
研究した側は、これらの事実に配慮をして研究をなされたのでしょうか?
非常に気になります。

◆ツッコミ所その2:安打の場合分けはどのようにしたのか?

これも要は同じことです。

この記事を読む限り、「安打」はすべて「安打」で括っているように見受けられるのですが、「安打」にも2塁打や3塁打、本塁打なんかもいわゆる「安打」です。
また、今は何回の攻撃で、先頭打者は打順何番の打者で、打たれた安打の種類は何で・・・のように、細かいシチュエーションの違いで野球というのはその後の展開が大きく変わってくる非常にデリケートな競技です。

それを一括りに「先頭打者に安打を打たれる」とされては、プレイする側としては納得いかない部分もあります。

例えば、再び経験談なんですが、個人的には先頭打者へ打たれる本塁打はあまり精神的な動揺は感じません。
ただ相手チームに1点が加えられるだけのことで、その後は「今のはコースが甘かった。次は気をつけよう」といった気持ちの切り替えが比較的早い段階でつけられ、むしろその後のピッチングに良い影響を与える場合もあります。

しかしこれが9番打者の、ボテボテの内野安打だとしたらどうでしょう。

打ち取ったはずの当たりなのにセーフ。
結果無死一塁で打順は一番へ。
投手としては、打たれた安打の内容があまり良くないだけに、気持ちの切り替えが十分に行われないまま次の打者と対戦しなければならない事態に追い込まれるかもしれません。
その後は走者に気をつけなければいけないと同時に、打者への配慮も求められます。
当然、精神的な重圧は相当なもの。
どんなにタフな投手でもいつも通りのピッチングを期待しろと言う方が酷かもしれません。

このように、様々な要因が絡むことで「先頭打者への安打」というのはその意味が大きく変わってきます。
そのあたりの場合分けをせずにこうした統計を取ること自体、非常に危険な行為と個人的には思いますが、その辺りはどうお考えでしょう?


◆ツッコミ所その3:「先頭打者へ与えた」ではなく、「同一イニングに幾つ与えた」で調べよ。

これも野球ファンを自認するなら拘って欲しいポイントです。

これも経験談ですが、例えば、イニングの先頭打者へ四球を与えたとしても、その後は四球を与えずに投げきればそのイニングに点を取られる、ということはほとんどありません。
これが逆に、先頭打者へ四球→次の打者へ四球・・・のように、同一イニングで二つ以上の四球を出した場合、ほぼ確実にそのイニングは点を取られると思います。

これは、四球を与えることで投手側がより制球を慎重にしようとする→腕の振りが小さくなり、球に本来の勢いがなくなる→打たれる といったケースが起こりやすくなるからです(それ以外にも色々ありますが割愛)。
それほど野球にとって四球というのは手痛い“ミス”であり、それゆえ投手は安打を打たれることよりも四球を出すことに慎重になるのです。

更に言えば、是非取っていただきたいデータが、「同一イニングに2本以上安打を打たれたイニングと、同一イニングに2つ以上四球を与えたイニングとの失点数の多さの比較」というデータ。
この時、「純粋に安打のみ複数打たれた場合(四球が絡まず、背負った走者がすべて安打での出塁)」という条件をつけていただきたい。

これは元野球経験者の勘ですが、同一イニングに安打を複数打たれても点を取られないケースの方が、同一イニングに四球を複数与えても点を取られないケースよりも多いと思うのですが、いかがでしょう。
もちろん、現行の野球のルールに従えば、同一イニングに安打を4本以上打たれれば失点する確率は“非常に高く”なります。
(“非常に高く”というのは、例えば投手が走者を牽制で刺したりだとか、外野手が返球で走者を刺しただとかいう、守備的な努力を一切考慮しなかった場合のことを言います。)

ただし、上述したように、四球が投手に与える精神的ダメージの大きさは相当なものがあります。
逆に安打ばかり続けて打たれても、投手は精神的なダメージをあまり負いません。
もちろんプロの投手である以上、あまりに続けて打たれるのはさすがに問題ありますが、それでもそこに四球が絡むことで、初めて投手は精神的に追い込まれ、ピッチングが難しくなっていくのです。

それくらい投手にとって四球とは“敵”であり“厄介者”であり“忌まわしき存在”なのです。


私は、「四球を与えるなら打たれた方がまし」という言葉は、野球という競技が持つ長い歴史が培った含蓄のある奥深い言葉だと思います。
それを、たかが一年間のデータのみで否定するという行為は、野球ファンとしていかがなものでしょうか。

もし私がプロ野球の投手なら、厳しいコースを付いて相手の凡打を誘うようなピッチングをする投手ではなく、ここぞという場面では純粋に力と力の対決で優劣を決めるべく、ど真ん中の直球を3球続けるような投手になりたいと思ってます。
それは何より、私の野球の美学の中に、「四球を与えるぐらいなら打たれたほうがまし」という確固たる信念があるからです。

野球は非常に奥深く、複雑怪奇な競技です。
どうかその辺りをもう一度考慮して、貴志の研究の見直しを図っていただければ幸いです。

敬具。
ほらね。
やっぱり同じようなことがありましたか。

まぁ以前の日記にも書いた通り、俺はこの手のコトはどこの高校もやってると思うので、今更驚いたりはありません。

ただ今回は、明徳義塾の時とはちょっと勝手が違うようで。

明徳の場合は部員同士の暴力だったけど、今回は部長(まぁ、監督の次にエライ人です)が部員に暴力を振るったとのこと。
だから明徳の場合と同じ次元で話を進めるのはちょっと違うなというのが個人的な意見なんですが。

両者に共通することは、少なからず学校側に隠蔽しようとした意図があったということで。
その意味では同じ次元の問題かなと。

ただ、部長が部員に対して行った行為は、果たして「暴力」なのでしょうか?
少し前に色んなメディアに取り沙汰された「体罰」に近いニュアンスがあるのではないでしょうか?

ということで、体罰の話。

皆さんは、子供の頃親に殴られた経験はありますか?

俺のオヤジはものすごく厳しい人で、何か悪さをしたらいつも殴られたし、小学校の頃とかは一時間正座とか当たり前にやってました。
だから「体罰」と言われてもイマイチピンと来ないと言うか、「悪いことしたら殴られるのは当たり前じゃない?」ぐらいに捉えてます。

でも世間的にはそんなことないのかな?
だからこの問題がいちいち取り上げられたりするのでしょうか?

体罰が良いか悪いかは、教員志望でありながら俺自身正直よく分かりません。
もちろん、必要以上の体罰はいけないことだと思う。そんなことは当たり前。

だけどさ。
悪いことをしたら怒られる
これは至極当たり前のことでしょ?

こんな当たり前のことが、体罰を規制していく中で、下手したらこの先通用しなくなるんじゃないのかな?

最近の教育関連のニュースなどを見てていつも思うのは、子供の権利ばかりが主張されて、学校の権利は、教師の権利はどうするの?ということ。
教師だって人の子です。ストレスも溜まれば、嫌な事だってあるだろうし。仕事がダリぃと思うこともあるでしょう。

なのに制度や時代の流れは子供の側面からしか考えていない。
時代そのものが少し過保護になりすぎているのでは?という気がしてなりません。

いや、別にいいよ。体罰を全面的に禁じたって。
だったら家庭での教育をもっとしっかりしろよ。
時には殴ってでも、良いことと悪いことの区別を自分で判断できるような子供を育ててくれよ。

そういうことまで全部ひっくるめて学校側に教育をまかせっきりで、意にそぐわぬ教育をされたら学校を訴えるのか?

教育というものは、学校と家庭、地域社会の連携があって始めて為されるもの。
俺はこの事を学校の授業を通じて学びました。

だけど今は、そのバランスがあまりにも学校側に偏りすぎてるんじゃないかな?というのが個人的感想。
「学校に全てを押し付けている」とまではいかなくても、せめて倫理面や人としてのあり方、考え方、人との付き合い方、礼儀作法、目上の人への接し方、社会を生きていくうえでのルールやマナー、そういった、勉強とは直接関係ないけど、社会に生きていくうえで大事なことは家庭と地域でもしっかり教えようよ。

ただでさえ今の日本は学力低下問題で騒がれてて、学校は勉強面に比重を置かざるを得ない状況なんだからさ。

先生が生徒を叱らなければならない局面を迎える。

先生には忙しすぎて時間がない。

手っ取り早く「叱る」という意図が伝わる体罰に頼る。

これが先生が体罰を使う理由なんじゃないかなと思ってます。

教育は時代と共に変貌するもの。
昔はよく殴られた。だから今の生徒も殴れ」なんてのは極論で、ナンセンスもいいところ。
そういうことを言いたいんじゃない。

ただ、教育内容や子供の権利は時代に併せて変容してるのに、教師の権利や学校の制度・意義、機能なんかは旧態依然しかりというか、ちっとも変わってないんじゃない?
だからこういう問題が起こるんじゃないのかな?

もちろん、先生側が努力して、体罰を使わなくても生徒の悪い行いや考え方を改めることが出来るようにすることも大事だと思う。
だけど、そのための環境を回りのみんなが整えてやることも大事なんじゃないかな?
少なくとも俺はそう思います。
←ハイ、この試合見に行ってきましたよ〜!

昨日、地元のダチから「明日の亀田の試合のチケット余ってるんだけど行かない?」と電話が入りまして♪

即答で「ハイ!行きます!」と答えましたw

で、肝心の試合。
見事3回TKO勝利!(パチパチ)
いや〜見事な勝利でした!カッコいい!

ところで、亀田興毅の知名度って実際どれくらいなんでしょう?

ttp://www.kyoei-boxing.co.jp/proboxers/41.html

↑が噂の亀田興毅くんなんですが・・・。

それにしてもイカついです(笑)
実際、リング内外で相手を盛んに挑発するパフォーマンスや、常に相手を下に見るふてぶてしい言動から、ボクシングを知らない人からは色んな批判をされたりもするようですが。
また、パフォーマンス&話題づくり先行型のボクサーと揶揄される記事もいくつか目にした事ありますし。

もう、とんでもない話で。

彼は、恐ろしく真面目で真摯な人間です。
確かにボクシングに関しては生意気かもしれないけど、それは圧倒的な練習量に裏打ちされた自信があるからこそのこと。

ボクシングに取り組む姿勢や、練習に取り組む態度は真面目そのものです。

それに、彼はどんな相手にも生意気な態度を取るわけではなく、どんな選手に対しても本人が「強い」と感じたら隠すことなくちゃんと「アイツは強い」と評価します。
自分が生きる道として選んだボクシングに対しては、彼は素直で謙虚な男です。
今日の試合も、前日の会見などでは強気な姿勢を崩さなかった彼も、真面目に手を抜かずに、基本に忠実に、勝利という結果を掴むまで全力で取り組んでました。

そんな男気溢れる姿勢も、俺としてはグッと来るわけで。

世の中に、屁理屈ばっかこねて、結果が伴わない人のなんと多いことか。
言葉じゃありません。大事なのは行動であり、結果であり、取り組む姿勢です。
どんな大それた美辞麗句を並べたって、実際の行動に移していない人を、結果として現れていない人を、俺は認めることは出来ません。

彼を見ていると、俺も頑張らないとなぁという気にさせられます。
俺も何に対してもつい屁理屈をこねてしまう悪い癖があるので・・・。

彼がボクシングに持っている謙虚さ、真摯な態度。
彼から学ぶべきものはホントにたくさんある気がします。

つべこべ言わずに行動と態度で示す。俺が憧れる生き様です。
それでいて結果がついてきているんだから、俺としては彼を応援しない理由がない。

こうなったらホントに世界タイトルを取ってくれ!>亀田
俺は応援するでよぉ。
え〜。
ってことは日本新党が与党になったら綿貫が総理大臣になるの〜?

勘弁してよw
あの人思いっきり悪人面だから好きじゃないです。ブラウン管に映るだけでチャンネル変えるし。

やっぱ今度の選挙は自民党に入れよっかな?
でも自民党は自民党でホリエモンを公認候補者にしてるし。もうアホかと。
選挙はアピール&パフォーマンス合戦の場じゃありません。

どうせだったら小西真奈美を公認候補者にしてくれればいくらでも自民党に入れるのにw

しかし、あれだね。
すっかり今度の選挙は自民党vs国民新党の対決しか注目されてないみたいで。

民主党さ〜ん。最近影薄いですよ〜。

ただ自民党に楯突いてるだけで肝心のマニフェストは何だかよく分からないオブラートなものだし。
岡田さんが総理大臣とかありえなさそうだし。

公明党はもともと大嫌いだし。
社民党はお色気路線で巻き返し図ろうとしてるし。
共産党は相変わらずだし。

どうなっちゃうんでしょうね?日本って。
それより石原都知事を早く辞任させてくれw


※ニュース繋がりでもう一つ。最近のニュースから一言。

杉田かおるって最低の女ですね。

はよ芸能界から消えていなくなれ。バカたれ。

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