教育学を通じて

2006年2月14日
2月14日付の朝日新聞夕刊に、今回のオリンピックのスピードスケート500m男子で優勝したアメリカのジョーイ・チーク選手の記事が載っていたのですが。

↓これがその記事です。
http://www2.asahi.com/torino2006/news/TKY200602140215.html


何というか、凄く真面目で誠実な選手なんですね。
地に足が付いてる感じがするし、スピードスケートについて話しているインタビューの箇所とか、凄く感心しました。

カメラに向かって「キタ───────(゜∀゜)───────!!!!」と叫んだ挙句予選落ちした、日本代表の某屋根付球場さんとはえらい違いだと思いますw

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チーク選手は、「スピードが速く滑れる」という自分の特性を活かして、そのことで何かしら世界に働きかけようとしています。

天から与えられた“恵み”とも言える自分の“才能”を世界に還元することで、世界をより良いものにしていこうとするその姿勢が、俺が一番グッと来るポイントなわけで。

自分の才能を誇示するだけして、結果自分さえ良ければそれでよし、としない姿勢に、俺はたまらなく感銘を受けました。

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じゃあ自分の場合はどうだろう、とか、ふと考えてみるに。


俺はチーク選手のような、みんなに注目されて世界に誇れる才能なんか持ち合わせていない。

だけど将来、今大学で学んでいる「教育学」を活かして、何かしら世界に働きかけていけたらいいと思う。

それが、大学という高等教育機関で、4年間という貴重な時間をかけて教育学を学んだ意義になると思うし、「教育学」を通じて自分が取得した知識や考え方を自分の特性にして世界に働きかけることが、自分にとってのオリジナル/存在意義になるんじゃないかな、とふと思いました。

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「才能」というと、すごく高尚で、貴重なものと捉えられるかもしれませんが、俺はそんなに難しいものではないと思います。
普段意識していない自分の振る舞いや考え方が、傍から見たらもの凄い個性や才能だったりするわけで。

それを自分一人のために費やすのも、世界のために費やすのも、それは個人の自由だと思います。

だけどもし、自分にそういうものがあるとしたら、俺は世界のために使いたい。
その結果世界がより良いものになっていけば、それが一番最高だけど。

日本は徐々に「大学全入時代」に突入するとか言われているけど、世界規模で見れば大学へ行き勉強できるということは、すごく恵まれていると思う。
だから、普段勉強できる環境にいること、勉強している内容に感謝しながら、そこで身に付けた知識や考え方を自分の一生の武器にしていきたい。

それが、これからの俺にとっての「個性/特性」になるんじゃないかな。

そんなことを考えました。

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